あずーるの物置

作品置き場(予定)

ボイスドラマ用シナリオ『Madrix Tea Party』

Madrix Tea Party

変わらない一日、変わらない親友の死。何度とない繰り返しの中で、少年は少女と出会う【男2:女1】

 

□登場人物

・シン……高校三年生の少年。ある事情から一日を何度も繰り返している。
・メグ……シンのクラスに転校してきた少女。ある事情から半年を何度も繰り返している。
リュウ…シンのクラスメイトで親友の少年。

 

____________________________

 

◇某日、某所。風が強く吹いている。


シン:(M)時折、こんなことを考える。
      この世界がただの幻想で、誰かの――例えば僕自身の、夢だったとしたら。
      どんな不思議な事が起こっても、不思議じゃない。どんな不条理も、条理になる。
      そうなった時、僕は――

 風の音がぴたりと止む。

 

◇放課後、某高校、教室。


リュウ:――おい、シン。おーい!聞こえてますかー、もしもーし!
シン:……あ、何?
リュウ:いや、さっきから呆けてるからよ。なんかあったのか?
シン:別に。
リュウ:別にってことはないだろ。あ、まさか好きな子でもできたか?
シン:なんでそうなるのさ。
リュウ:オトコが上の空になってる理由なんざ、それくらいしか無いだろ?誰だ、3組のナミエちゃんか?
シン:それはお前の好きな子だろ。
リュウ:な、おま、知ってたのかよ!?
シン:まあね。それより、時間。良いの?
リュウ:ん、何が……ああっ!!そうだ、物理の岸本に呼ばれてたんだった……言ってくれてサンキューな!!
シン:あんまり慌てないでよ。(小声で)今度は階段から転げ落ちて救急車とか、ナシだからね。
リュウ:おう!
シン:……。
メグ:ねえ。
シン:え?
メグ:――今の、何回目なの?
シン:っ!
メグ:その反応、図星みたいね。
シン:なん、で。
メグ:後で屋上に来て。鍵は『開いてる』から。
シン:あ、ちょっと……いない?
シン:……ごめん、リュウ

 

◇同日、某高校、屋上。


メグ:お、来たね。
シン:屋上の鍵は生徒には貸してもらえないんじゃなかった?
メグ:でもテンション上がるでしょ、屋上。
シン:(M)何が「でも」なんだ。
メグ:私は帽子屋のお茶会。あなたは?
シン:……どういうこと。
メグ:空想。はい、ダージリンはお好き?

 メグは熱い紅茶の入ったティーカップを差し出す。

シン:っ……!どこから――
メグ:さあ、どこからでしょう?それで?
シン:言っている意味が分からない。
メグ:分かろうとしないからだよ。

 やや間

シン:君は誰なんだ。
メグ:忘れたの?クラスメイトなのに?
シン:少なくとも君と話したのはこれが初めてだ。
メグ:おおう、随分な自信だね。
シン:……何度『今日』を繰り返してきたと思ってるんだ。
メグ:うーん、192回?
シン:!
メグ:あれ、違った?
シン:まさか……ずっと、見てたの?
メグ:あなたが違う行動をとり始めてからはね。
シン:じゃあ、なんで僕は君を知らないんだ?
メグ:なんでだろうね。
シン:なんでだろうねって……
メグ:見えてる世界は人によって違う――そういうことじゃない?
シン:…………『マトリックス』って映画、観たことある?
メグ:イナバウアーの?
シン:イナバウアーは身体を反らす技じゃないよ。
メグ:えっ、そうなの?
シン:イナバウアーは、フィギュアスケートの技で足を前後に開き、つま先を180度開いて真横に滑る技である。
メグ:へー、物知りだね。
シン:文明の利器に聞いた。
メグ:今ケータイ、持ってないのに?
シン:え、あ……?
メグ:大分なじんできたみたいだね。
シン:残念だけどそうみたいだ。
メグ:結構結構。マトリックスだっけ、最初のなら観たよ。オチはよく分からなかったけど。
シン:あの主人公と同じなんだ。いや、同じだった。この世界が全部、誰かの夢なんじゃないかって。
メグ:ふん。
シン:それで、もし本当にそうだったら……僕はそれを受け入れられるのかなって。
メグ:それって杞憂じゃない?
シン:杞憂だったら幸せだったな。
メグ:空、落ちてきちゃった?
シン:今落ちてきてるところだよ。
メグ:詩的だね。
シン:振ったのは君だろ。
メグ:えっへん。
シン:はぁ……さっき僕と話してた奴――リュウっていうんだけどさ。
メグ:知ってるよ、クラスメイトだもん。
シン:そいつが今日死ぬんだ。
メグ:それも知ってる。ニュースになってたからね。でも何故か毎回死因が違うの。
シン:なるほど……回数はそれで。じゃあ君も、繰り返してるんだよな。
メグ:多分ね。
シン:どこまで進んでる。
メグ:卒業式まで、かな。
シン:そんなに先まで……
メグ:驚いた?
シン:かなりね。
メグ:……ねぇ、聞きたい?あなたの話。
シン:僕の?
メグ:そう。リュウくんがいなくなった後の。
シン:どうせ塞ぎこんで、周りにもキツく当たってたろ。
メグ:正解。よく分かったね。
シン:自分のことだからね……きっと、それが本当の僕なんだ。
メグ:本当の?
シン:なんて言うのかな。正しい、自然な世界の僕。
メグ:じゃああなたは誰なの?
シン:さあ、誰だろうね。現実を受け入れられないでいる幽霊みたいなものかも知れない。
メグ:……そっちは、半分正解かな。
シン:え?
メグ:いや、何でもない。でも、幽霊っていうなら私も同じかも。
シン:僕にとっては幽霊ってより、妖精かなにかみたいだ。
メグ:現実感が無い?
シン:うん。まあ、何が現実かなんてとっくに分からなくなってるけどね……ご馳走様。紅茶なんて飲んだの久しぶりだったよ。
メグ:もうお帰り?
シン:話し込みすぎたからね。多分、もうそろそろ時間切れだ。
メグ:大丈夫、まだ1分も経ってないよ。時計見てみ。
シン:っ……なんで。
メグ:お茶会って、そういうものでしょう?
シン:そういうもの、なのか。
メグ:アリスくらいちゃんと読んどいたら?
シン:時間ができたらね。
メグ:それがいいよ。で、この後はどうするの?
シン:いつも通り、スイッチを切っていく。
メグ:スイッチ?
シン:そう。リュウが死ぬ引き金になるものを、全部。
メグ:多いの、それ。
シン:まだ全部は掴みきれてないから、僕はここにいるんだ。
メグ:そっか……なんか手伝おうか。
シン:手伝うって……
メグ:私と話してる間は時間進まないから、指示に時間を取られることはないと思うけど?
シン:知ってるのか、それで時間切れになったこと。
メグ:ナミエちゃん……だったっけ?あの子がリュウ君を呼び出したことあったでしょ?毎回じゃないとなれば、ねぇ。
シン:……他にも色々試した。けど、足りないんだ。
メグ:何が。
シン:時間も、データも、なにもかも。
メグ:時間は私がなんとかできる。
シン:それは……すごくありがたい、けど。
メグ:けど?
シン:今回は自分のやりかたでやる。もしダメだったら、次は――
メグ:分かった。半年後の私が手伝ってあげるよ。
シン:……ありがとう。行ってくる。

 

◇同日、某高校、屋上


メグ:また、来ちゃったか。
シン:残念ながら。それと、思い出したよ。
メグ:ん、何を?
シン:君、転校生だったよね、今日からうちの学校に来た。名前はメグ。
メグ:今更か。
シン:こっちの感覚からしたら、だいたい200回だから……二か月くらい姿を見てなかったんだよ。
メグ:ああ、あなたが戻るのって放課後なんだっけか。
シン:そう、午後4時22分。だから昼間のことはもう詳しくは覚えてない。
メグ:そっか。
シン:君は?
メグ:今朝学校に着いたところからだね。
シン:僕もそうだったら良かったな……今のままじゃ時間が少なすぎる。
メグ:そっか。
シン:だから、その……手伝って欲しい。
メグ:もちろん。何をすればいいかな?
シン:一度試してみたいことがあるんだ。リュウをお茶会に呼びたい。
メグ:なるほどね、いいよ。今から?
シン:うん、実はもう呼んである。
メグ:準備が良いねえ、オレンジペコでいいかな?

 間

シン:という訳で、お前はあと2時間14分後に死ぬ。
リュウ:急に屋上なんかに連れてきて何を言い出すかと思えば――
シン:だから今からそうならないように作戦を立てるんだ。
リュウ:待て待て待て、置いてくな。そもそも何でその前提があって、俺たちは屋上で転校生ちゃんと茶ぁしばいてるんだよ!
メグ:あっ、私の事はお構いなく。
リュウ:ああ、こちらこそ失礼……ってそうじゃねえよ。
シン:ここでお茶会を開いてる間は時間を稼げるんだ、だから付き合って。
リュウ:時間を稼ぐってどういうことだよ。
シン:このまま何もしないとお前は岸本先生に放送で呼び出されて慌てて走り出した結果階段から転がり落ちて頭を割る。
リュウ:ああっ!そうだ、呼び出しくらってたんだった……すぐ行かねえと。
シン:待って、話はまだ終わってない。
リュウ:なんだよ!
シン:いま慌てて向かっても結局階段から落ちる上に、全身骨折で相当苦しむぞ。
リュウ:お、脅かすなよ。
シン:かと言って大人しく理科室に向かうと今度はガス漏れで中毒を起こすから、元栓をすぐに閉める事。それから校庭側の廊下は絶対に通るな、十中八九飛んできたボールが後頭部を直撃する。
リュウ:はあ、まあそういうこともあるかもな。
シン:あるかもじゃない、今から起こるんだ。
メグ:スコーンにバターは乗せる?それともジャムがいいかな。
リュウ:急になんなんだ?
メグ:いいから、答えて。
リュウ:う……要らねえ。そのままでいいよ。
メグ:ふうん。なるほどね。
リュウ:……。
メグ:……。
リュウ:……で、そのスコーンは出てこないのか。
メグ:だって無いもの。
リュウ:じゃあなんで聞いたんだよ!
シン:リュウ、今は僕を信じて欲しい。
リュウ:お前も淡々と話を続けようとするな!俺はまずこの状況からして信じられねえよ!
シン:じゃあ、校庭の時計見てみて。
リュウ:あん?なんで。
シン:いいから、見て。
リュウ:お前……まあいいや。んで、時計?別に普通だぜ?
シン:今、何時?
リュウ:4時半……ってあれ、教室出たのもそのくらいだったよな。
シン:メグがお茶会を開いてる間は、時間が進まないんだ。
リュウ:は?
シン:そういうものらしい。この時間なら部活やってるはずの奴らも見えないし声もしないだろ?
リュウ:マジか……漫画かよ。
メグ:残念、児童文学でした。
シン:それじゃ、続けるよ。

 シン、リュウに一通りの状況を説明する。

リュウ:――要するに、俺は今からお前の言う通り動けばいいんだな。
シン:うん。でも、それでも必ず助けられるとは限らないってことは、解って欲しい。
リュウ:まあ、まだ信じられはしねえけどさ……
シン:お前だって死にたくないだろ?
リュウ:そりゃ当たり前だろ。
シン:それと同じくらい、僕もお前を死なせたくないから。
リュウ:シン……。
メグ:何やらいい雰囲気ですな。
シン:言っとくけど、そういうんじゃないからね。
リュウ:俺だってお断りだわ。ってか引くわ。
シン:明日からもこうやって、お前と馬鹿やってたいからさ。じゃあ行くよ、リュウ
リュウ:おう。エスコート、頼んだぜ。あ、転校生ちゃんもありがとな。紅茶って意外と美味いのな。
メグ:頑張って、ね。

 

◇同日、某高校、屋上。


メグ:はい、アールグレイ。まだ今日は終わらない?
シン:そうみたい。
メグ:まあ、そうでなきゃここには来ないか。
シン:……もういい、って言われちゃったよ。
メグ:え?
シン:これで26回目。最近は隠せるようになってたのにな。
メグ:……。
シン:あいつさ、僕が何か悩んでるとすぐに気付くんだ。いつだってそうだった。それから決まってこう言うんだよ、「無理するくらいならスパッと諦めて次を楽しめ」。
メグ:次、か。
シン:そう、次。でも僕が次に進んだとき、リュウに次は無くなるんだ。
メグ:それ、本人に言っちゃったんだ。
シン:……うん。そしたら、「だとしてももういい」って。自分の事なのに僕より諦めが早いんだ。
メグ:だからこそ、諦められないんでしょ。それとも、諦める方法が分からないとか?
シン:実のところ諦め方は分かってる。えっと……あった、これ。

 シン、ポケットから二錠の錠剤を取り出す。ひとつは真っ赤な、もうひとつは真っ青な色をしていた。

メグ:薬……マトリックスの。
シン:そう、赤と青の薬。気が付いたらどこかのポケットに入ってるんだ。
メグ:……。
シン:きっとこの青い薬を飲めば、すぐにでも今日から抜け出せる。そうしたらリュウは死んで、君の知ってる塞ぎこんだ僕が出来上がる。きっとそれが、この世界の正しい姿なんだ。
メグ:……赤い薬は?
シン:さあ、想像も付かないけど……きっとリュウだけじゃなくてこの世界も捨てることになると、思う。
メグ:私も?
シン:どうかな?あくまでも僕の認識の中では、だろうから。
メグ:そう。あなたがそう思うなら、そうなのかもね。
シン:うん、そう思う。どっちの薬を飲んでもこの夢は終わるはずだけど……そうするのはやっぱり逃げるみたいで。だったら、別の方法を試してみようって。
メグ:別の、方法。
シン:……君に会う前にも一度だけ屋上に入ったことがあってさ。どうやって鍵を開けたかは覚えてないけど……その時、ここから飛び降りてみた。どうなったと――(思う?)
メグ:――それは、駄目。
シン:……!
メグ:何があっても、それだけはやっちゃ駄目。
シン:……ごめん。知ってるんだよね君は、その後の事。
メグ:……。
シン:もしかして、それで、声をかけてくれたの?
メグ:……その時に、気付いたの。あなたも、私と一緒だったんだって。
シン:なるほど、そういうことか。
メグ:もう、しないよね。
シン:当たり前。痛いとかそういう次元じゃなかったし、結局状況は何も変わらず……いや、変わったか。
メグ:え?
シン:君に会えた。
メグ:……!
シン:……って、何かクサいなこういうの……あ、そういえばさ。
メグ:うん?
シン:君は、何がきっかけなの。
メグ:帽子屋のお茶会。
シン:そうじゃなくて、巻き戻るきっかけ。
メグ:……。
シン:あ、ごめん。ちょっと気になっただけだから、言いたくないなら言わなくてもいいよ。
メグ:卒業式の帰りにね、友達が私を庇ってトラックに撥ねられるの。それが、きっかけ。
シン:……その人を、助けるために?
メグ:そう……だった、って言うべきかな。
シン:どういうこと?
メグ:……私にもあるんだ、その薬みたいな物。ほら、そこ。
シン:屋上の、扉?
メグ:鍵穴、覗いてみ?
シン:ん……これって、君?病院のベッドかな……?
メグ:きっとね、そこから眠ってる私に呼びかけたら、私は目を覚ますんだ。それから聞かされるの。あの人が私を庇って死んだって。
シン:分かるの?
メグ:私の認識の中では、ね。
シン:でも、君はそうしてない。
メグ:ええ。
シン:なのに君は……その人が死ぬことを受け入れてるみたいだ。
メグ:……もう、無理なの。あなたとリュウくんと同じ。何をやってもあの人は私を庇って、私は今日まで戻ってくる。優しすぎるのよ。
シン:つまり、諦めたからここにいる……?
メグ:うん、そういうこと。私が起きたら、もう二度とあの人とは会えなくなるから。だから、夢を見るの。幸せな夢を、終わらないお茶会のような夢を。
シン:……その夢は、目覚めなきゃならない夢だよ。
メグ:どうして……?あなたも同じでしょう?
シン:目覚めないままで止まってたら、いつかはトランプの兵隊に捕まっちゃうから。
メグ:読んだの、アリス?
シン:リュウには悪いことをしたと思ってるけどね。
メグ:面白かった?
シン:ちょっと夢想が過ぎるかな。
メグ:私もそう思う。
シン:……なんとかしてみせる。
メグ:なんとかって?
シン:お茶会のお礼。ここから抜け出せたら、君の大切な人も助けてみせる。僕が手伝えるのは一度きりかもしれないけど……それでもなんとかする。
メグ:そんな、楽観的すぎない?
シン:大丈夫。明日の僕は、今日より上手くやれるから。だから、待ってて欲しい。
メグ:……。
シン:駄目、かな。
メグ:……期待せずに、待ってる。
シン:うん。それじゃあ、また明日。行ってくる。

 

◇某日、某所。路面を切るタイヤの音が聞こえてくる。


メグ:(M)誰しもこんなことを思ったことがあるんじゃないかな。この瞬間が、ずっと続けばいいのにって。
      私の場合、それはこの半年間だった。皆と――あの人と会えて、いっぱい笑って、泣いて、怒って、仲直りして。
      だから、夢を見た。幸せな夢を――

 けたたましいブレーキの音。

 

◇朝、某高校、教室。
 メグ、誰も座っていないリュウの席に目を遣り、小さくため息。
 と、教室の外から廊下を駆ける足音がふたつ。

シン:はぁ……はぁ……
リュウ:やっべ、間に合ったか!?
シン:まったく、お前が起きないからこっちまで遅刻ギリギリだよ。
リュウ:悪かったって!
メグ:っ……!
リュウ:おっ?(小声で)シン、転校生ちゃんがこっち見てるぜ。
シン:え?
メグ:あ……ああ……

 シン、呼吸を整えてメグに近づく。

シン:おはよう、メグ……これは、何回目かな?


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