あずーるの物置

作品置き場(予定)

ボイスドラマ用シナリオ『Over The End』

Over The End

長き戦いの末、この世界は分断された。そんな世界の片隅で出会った敗残兵の青年と記憶喪失の少女。終末を越えた、その先に――【男2:女1】

 

□登場人物

・青年…敗残兵の青年。戦中に祖国が崩壊し、部隊は現地で解散した。
・少女…記憶喪失の少女。戦場跡で倒れていたところを青年に保護された。
・神父…港町セントルージュの神父。妻子とは死別している。

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◇朝、荒野

 一台のバイクにライフルを担いだ青年が跨り、次いで少女が彼の背にしがみ付くように乗り込む。

青年:忘れ物は無いな?
少女:ないよ。上着も着たし、鞄の中身も、お兄さんから貰った銃もちゃんと持ってる。
青年:よし、上出来。じゃあ行くか。
少女:風が湿ってきたね。
青年:海が近いからな。明日にはセントルージュに着くはずだ、久々に風呂にも入れるぞ。
少女:別にそれはどっちでもいいけど。
青年:あのなぁ、お前も年頃の娘っ子ならちょっとは気にしたらどうだ?
少女:このホンダのブレーキ直す方が先じゃないの。効きが悪いって言ってなかったっけ。
青年:せめてウレタン材でも見つかればいいんだがな。あと、こいつはホンダじゃなくてカワサキだ。
少女:一緒でしょ。
青年:……エムブルクにヴィードと来て三か所目だな、これで。
少女:うん。

 少女は、羽織(はお)っていた青年の軍服のポケットから紙切れを取り出す。
 Emburg、Vide、St.Rougeと走り書きがしてあり、前の二つは斜線で消されている。

青年:そのメモ、お前が書いたんだろ?
少女:そうだと思う、私の字だし。
青年:本当に聞き覚えはないのか?
少女:行ったことは……多分無い。けど、誰かから聞いたことはある気がする。
青年:ヴィードに行った時もそう言ってたよな。
少女:分からない……けど、大事な事だった。と、思う。
青年:セントルージュには、まだ都市機能が残ってる。きっと何か分かるさ。
少女:そう、だね。

 

◇回想、戦場

 泥まみれの青年は、焼け落ちた集落に身を寄せていた。

青年:はぁ……はぁ……。

 家屋に残されたラジオから、終戦を告げるニュースが流れている。
 ――只今、ユーラシア連合と合衆国暫定政府の間で停戦協定が締結されました。長きに渡った戦いも終わり、平和への第一歩が――

青年:はは……これで俺も敗残兵、か。これだけ血を流して、帰る故郷(くに)まで消し飛んじまって、何が平和だ。何のために俺は……俺たちは……。

 青年の視線の先には様々な国のの軍服を纏った亡骸がまばらに倒れている。

青年:……悪い、食料と弾を貰うぞ。アンタらにはもう必要ないだろうからな。代わりと言っちゃなんだが、最後の一本だ。良ければ皆で吸ってくれ。

 青年は煙草に火を点け、遺体たちに手を合わせる。

青年:……さて。
少女:う……。
青年:ん、声……?誰か……まだ生きているのか!
少女:……。
青年:子供……集落の人間か?
少女:う、あ……?
青年:……待ってろ、今水をやる!大丈夫だ、もう、大丈夫だ。

 

◇夕、荒野

青年:今日はここまで、だな。
少女:ん……着いたの?
青年:いいや、ぎりぎり時間切れってとこだな。テントを張る、お前も手伝ってくれ。

 テントを張り終え、二人は飯盒で夕飯の支度を始める。

少女:……今日は静かだったね、お兄さん。
青年:ん、そうか?
少女:うん、いつもなら移動の間は話しっぱなしなのに。お陰でちょっと眠い。
青年:おいおい、走ってる途中に転げ落ちたりしないでくれよ。おぶい紐でくくっててやろうか?
少女:子供扱いしないでよ。
青年:大分汚れたな、その上着も。
少女:うん。この生地じゃ簡単に洗濯出来ないからね。
青年:お前と会ってもう半年、か。そりゃ汚れもするよな。
少女:そうか、まだ半年なんだ。随分長いこと、お兄さんと一緒に居る気がしてた。
青年:ああ。
少女:それ以外知らないからかな。
青年:さあ、な。
少女:ねえ、お兄さん。
青年:ん?
少女:私、怖いんだ。記憶が戻るのが。
青年:思い出したいんじゃなかったのか、自分が何者なのか。
少女:うん。でも、もし全部思い出したら今の……こうしてお兄さんと一緒にいる私が居なくなるんじゃないか、ってそういう事を考えちゃって。
青年:……。
少女:……ごめん、変な事言って。
青年:いいさ、俺はお前に協力するだけだ。そう決めたからな。
少女:……。
青年:俺はさ、戦争が始まった時も、部隊が解散した時も、お前と出会った時も、目先(めさき)生き残る事だけを考えてたが、それでもちゃんとここに居る。何があっても、案外乗り越えていけるもんだ。別に何を思い出したって、お前が無くなっちまう訳でもないだろうよ。それこそ人ってのはちょっとした事でコロコロ変わる生き物なんだからさ。
少女:そういうものかな。
青年:そういう事にしておけ。ほら、今は飯だ。冷めないうちに食おう。

 

◇夕、セントルージュ

少女:ここが、セントルージュ……。
青年:綺麗な所だな、戦いの跡もほとんどない。
少女:見張りを立ててる割にすんなり入れたね。
青年:終戦から時間も経つからな。流石に今も野盗を続けてる奴らは少ないんだろう。
少女:それにしたって、ねえ。
青年:まあ確かにあの見張りはちょっと緩すぎるとは思うが、元は正規の軍人だったみたいだし、問題ないんじゃないか。
少女:分かるの?
青年:立ち方と銃の抜き方でなんとなくはな。
少女:へえ。 
青年:しかし……やっぱりそう簡単には宿も見つからないか。
少女:そうだね。
青年:軍人が嫌われてるってのは本当だったみたいだな。
少女:そんな大きい銃持ってるからじゃない?
青年:これが無かったら、俺達何回死んでると思ってるんだ?しかし、あと交渉してなくて泊まれそうな所といえば……。
少女:あの教会くらいだね。
青年:神様ってのはどうも苦手なんだが……仕方ない、行ってみるか。


◇夜、セントルージュ。

 神父が二人を教会内の一室へと招き入れる

神父:ここだ、私が普段使っている部屋だがね。
青年:あの、本当にいいんですか?
神父:構わないさ。他の部屋は倉庫にしていて、他人を泊められる状態にないからね。
青年:では、お言葉に甘えて。
少女:この……写真は?
神父:私と息子だよ。

 神父は写真立てを手にし、少し眺めてから少女に渡す。

神父:ジョシュアと言ってな、先立った妻に似て気立ての良い子だった。
青年:……戦場へ?
神父:ああ。その写真は息子が戦地に行く前の日に、アラブ人の従軍写真家に撮って貰ったんだ。よく撮れてるだろう?
少女:アラブ人の写真家……アブバルさん?
神父:確か……そんな名前だったかな。知り合いだったのか。彼は元気かな?
青年:半月ほど前に一度会っただけですが、今も各地を回って写真を撮ってるみたいですよ。
神父:そうか、世界とは狭いものだな。
青年:ええ、本当に。
神父:おっと、夕食の支度をしなくては。何かあったら呼んでくれ。
少女:あ、ありがとうございます。

 神父が部屋を去る。

青年:……申し訳ない、な。
少女:え?
青年:いや、その軍服見ても何も言わずに泊めてくれたんだな、ってさ。
少女:そっか、敵……だもんね。
青年:ああ。ヨーロッパの連合軍とは何度も戦った。もしかしたら、俺がそのジョシュアって奴を撃ったのかもしれないってのに。
少女:そう……だね。
青年:すまん。嫌だよな、こんな話。
少女:ううん、大丈夫。
青年:……すまん。
少女:大丈夫だって。でも、今日は疲れたからもう寝させて。
青年:ああ……おやすみ。
少女:……おやすみ。


◇早朝、セントルージュ

青年:(欠伸して)ん、あれ……あいつ、何処に行ったんだ?
神父:おや、お目覚めかね。
青年:神父さん、おはようございます。えっと、俺と一緒に泊めてもらった女の子なんですが。
神父:ああ、連れの娘さんなら、潮風に当たりたいと出て行ったよ。そろそろ朝食が出来るから戻ってきて貰いたいところだが……。
青年:それなら俺が呼んできます。

 しばし間

青年:おーい、どこだ?朝飯が出来たって……。
少女:動かないで。

 少女の持つ拳銃の銃口が青年の後頭部を捉える。

青年:!
少女:大人しくしていて。
青年:……ようやく、か。
少女:知っていたんだ。
青年:……。
少女:隠していたんだ、ずっと。
青年:……それは違う。
少女:違う?
青年:確証が無かった。倒れてるのを見つけた時、お前は非武装だったし、軍服もドッグタグも見当たらなかった。ただ……。
少女:ただ?
青年:そうじゃないかとは思っていた。考えないようにしていたが。
少女:お前達には仲間を殺された。
青年:ああ。
少女:エムブルクのキース、ヴィードのテュカ、セントルージュのジョッシュ……皆良い奴らだった。
青年:ああ。
少女:神父様には悪いが、私はお前達が憎い。
青年:ああ、分かるさ。

 乾いた銃声。弾丸が青年の頬を掠める。

青年:っ!
少女:……何で。
青年:何が。
少女:何で抵抗しないんだ!
青年:さあ、な。俺にも分からん。
少女:っ……!

 再び、銃声。

青年:照準が甘いんじゃないか?
少女:うるさい!

 銃声。

少女:煩い、煩い、うるさい!

 続けて銃声、銃声、銃声。
 放たれた弾丸は青年の身体を、足元を、掠めて海へと消えてゆく。

少女:……ヤメだ。こうも朝日が眩しいと、当たる弾も当たらん。銃もチャチだし、この軍服も恰好悪くて敵わない。
青年:そうか。
少女:でも、思っていたより着心地が良かった。
青年:ああ、同感だ。
少女:お前との旅は、楽しかった。
青年:そいつは光栄だな。
少女:お前を失うくらいなら……私を失うくらいだったら。私は、名無しの少女のままでいい。

 少女、青年の背に顔を埋める。

青年:……名無しのままだと呼びにくいな。だから、名前くらいは教えてくれないか?


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