あずーるの物置

作品置き場(予定)

ボイスドラマ用シナリオ『驟雨』

驟雨

にわか雨が降った日、人と神は邂逅した。【男2:女1(兼役アリ)】

 

□登場人物

・水島 澪(みずしま れい)…20代の大学生。民俗学専攻。
・教授…30代後半の大学教授。フィールドワーカー。
・国津地尊(くにつちのみこと)…荷稲山(かいなさん)に宿る神。人物表記は「山神」。

・多田…水島の同級生。
・電話の声…救急隊員。


※国津地尊と多田、電話の声は兼ね役推奨。

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◇某大学、教室

 教授、教壇に立ち講義をしている。

教授:――つまり民俗学において『神』とは自然であり、その地域の文化に密接に結びついたものだ。例えば農民や漁民は常に自然と相対し、時に利用して生活をしている。彼らが用いてきた自然に対抗する術というのは、いわば『神』に対抗する術という訳だ。もちろん、これには様々な考え方がある。『神』という曖昧な、精神的な存在を民俗学の範疇に含めることは相応しくない、そう言う学者も居るが、俺はそうは思わん。ああ、またこの話か、なんて思ってる奴にはすまんが、少し付き合ってくれ。

 と、教授、黒板に図を描き始める。

教授:『民間信仰』という言葉がある。これは教義や組織を持たず、共同体内でのみ機能する信仰で、自覚的な入信は必要としない。

 水島、退屈そうに窓から外を眺める。

水島:(M)あ、くじらっぽい雲……。
教授:まあフォークロアとしての意味もあるんだが……これは姉崎っつー学者が言い出した事だから、今は気にしなくていい。
教授:でだ、日本の『民間信仰』の核になってるのは祖先崇拝ともう一つ、何だったか覚えてるか?多田、言ってみろ。

 多田、唐突な振りに動揺する。

多田:え、俺っすか?えっと……自然崇拝、です。
教授:そうだ、ちゃんと覚えてたな。つー訳で、明日そこの荷稲山(かいなさん)に個人的なフィールドワークに行こうと思ってる。学校出て少し歩いたところな。行ったこと無い奴は知らんだろうが、あの山には山神を祀る祠があってな、その辺も含めて実際に見ていこう。柳田国男も言ってるように、現地調査が一番だからな。誰か、行きたい奴はいないか?

 ゼミ生たち、誰も手を挙げない。

教授:んー……。

 教授、ぼんやりと窓を見ている水島に気づく。

教授:んじゃ、行きたくない奴は?手ぇあげてくれ。

 ゼミ生たち、ばらばらと手を挙げる。
 教授、水島が手を挙げていないのを確認して、

教授:はは……正直だな。じゃ行きたくなくないのは、水島だけか。
水島:ん……え?
教授:じゃ、水島は明日の朝五時に――
水島:え、ちょっと……。
教授:荷稲山の山道入り口に現地集合な。
水島:何の話ですか!

 教授、教材を片付けながら。

教授:フィールドワークだよ。ちゃんと来いよー。

 教授、教室のドアを開け、出ていきかけて、

教授:あ、来ないと単位出さないから。

 教室、ドアを閉める。

水島:え……えーーっ!?

 

◇翌日早朝。荷稲山、山道入り口

水島:うー、眠い……。
教授:おう、来たな。関心関心。
水島:あんなこと言って脅されたら行かない訳にはいかないじゃないですか。
教授:はは、悪いな。ま、俺の話を聞いてなかったツケって事だ。
水島:む、それは……そうですけど……。
教授:さ、行くぞ。
水島:あ、待ってくださいよ!

 

◇同、中腹

水島:(肩で息をしながら)結構上ってきましたね……。
教授:もうちょっと行けば、古い祠があったはずだ。祀られてるのはここの山神。確かクニツチとか言ったか。
水島:へー、どんな神様なんです?
教授:伝承に残ってるのは他の土地の山神と同じようなもんだ。山の恵み云々とか、田んぼの神だ、とかな。
水島:ふーん。じゃああんまり個性とかなさそうですね。
教授:そうでもないぞ。普通山神は女神(じょしん)なんだが、ここのは男神(だんしん)らしい。この辺ももう少し調べてみたいところだな……と。
水島:どうしました?

 教授、空を見上げる。空には雲が出てきている。

教授:山の天気は何とやら、ってか。こりゃ、一雨来るかもな……。
水島:ええっ!?私傘持ってきてませんよ。
教授:心配するな、俺もだ。
水島:……それ、駄目な奴じゃないですか。
教授:ま、何とかなるだろう。
水島:本当ですか?
教授:大丈夫大丈夫、はぐれさえしなけりゃどうとでもなるさ。
水島:……分かりましたよ。

 

◇同、山中

水島:(N)全っ然大丈夫じゃなかった。

 水島、膝を押さえて荒く息をしている。

水島:先生ー!どこですかー!先生ー!携帯も圏外だし、これ本当に不味いヤツだよ……ん?

 雨のしずくが水島の顔に落ちる。
 小雨から本降り(土砂降りとまではいかない)に。

水島:雨……っ!もう最悪!どこか雨宿り出来そうな所……

 水島、雨を凌げそうな木を見つけ、そちらに走り出す。が、足を踏み外す。

水島:え……
水島:(M)ヤバい、落ちる――

 水島、思わず目を固くつむる。
 やや間。

水島:あ、あれ……?

 水島、目を開くと見知らぬ青年に腕を掴まれている。
 山神、水島の腕を掴んで引き上げる。

山神:気を付けろ。濡れた土は滑りやすい。
水島:え、あ、あの……あなたは……。
山神:通りすがりだ。この先に小屋がある、そこで雨を凌ぐがいい。
水島:あ……はい。

 山神、山道を逸れて歩き始める。
 水島、それを追う。

 

◇同、山小屋内

 山神、小屋の扉を開き、水島を招き入れる。

山神:……。
水島:えと……お邪魔します。

 水島、髪や服の雨を払い小屋に入る。

山神:ほら、これで髪を拭くといい。

 山神、手ぬぐいを差し出す。

水島:あ、ありがとうございます。(手ぬぐいを受け取って)まだ降るんですかね。
山神:通り雨だ、じきに止もう。この時期にはよくある事だ。
水島:詳しいんですね、山の事。
山神:ああ……人よりはな。
水島:え?
山神:いや、何でもない。それより、そんなにかしこまらず楽にしたらどうだ?
水島:あ……ちょっと、緊張しちゃって。それに、先生とはぐれたままで……そう、ちょっと不健康そうな男の人、見ませんでしたか?

 山神、押し黙っている。

水島:あの――
山神:見た。だが、あの男は駄目だ。
水島:え……駄目だ、って……何が。
山神:あの男の事はよく知っている。あの男が、我々を暴く者だという事も、今どこぞで死にかけているという事もな。
水島:……どういうことですか?あなたは一体……。
山神:ふむ、まだ名乗っておらなんだな。我が名は、國津地尊(くにつちのみこと)。

 山神の眼が金色に輝く。

水島:!

 回想。

教授:『祀られてるのはここの山神。確かクニツチとか言ったか。』

 回想終わり。

水島:山神……様?
山神:ほう、私を知っておるか。ならば話は早い。

 山神、ゆっくりと水島に近づく。

山神:どんな妖(あやかし)も、物の怪(もののけ)も、その正体が明確とならば、人間は彼奴等(きゃつら)を食い物にする。それが、我々神であろうとな。神を暴くとはそういう事だ。それだけは……避けなくてはならん。
水島:でも……先生は神様の正体を暴こうとしてるんじゃない。
山神:なぜあの男の肩を持つ。君とてあの男を好いている訳でもあるまいに。
水島:それは、確かに変なことばっかり調べてるし、思い付きで動くし、何処にでも勝手にずけずけ入っていく人だけど……そんなの理不尽ですよ!
山神:理不尽と?
水島:先生はただ人間の文化を調べてるんです。自然とか、伝説とか。神様だってそのひとつだった。それだけのことじゃないですか。
山神:たとえそうだとしても、結果は同じこと。
水島:でも!
山神:む?
水島:そうやって知られるのが嫌なら、初めからあなたたちが人間に関わらなければ良かったんですよ!

 山神、少し驚いたような表情を浮かべるが、すぐに真顔に戻る。

山神:……そうか、一理あるやもしれんな。
水島:……。
山神:君は、不思議な人間だな。ただ同族であるというだけでそれを庇い、神にさえ物を申す。

 山神、さらに水島に近づく。
 水島、臆したように一歩後ずさる。
 山神、水島とすれ違うように小屋の奥へ。

山神:……この小屋を出て西にいった斜面だ。あの男はそこに居る。
水島:え……。
山神:私が、あの男の前に姿を現すつもりがないのは変わらん。案内代わりに、これを渡しておこう。

 山神、水島に小さな鈴を渡す。

山神:この鈴が君をあの男の元へ導くだろう。

 水島、山神を見つめる。

山神:行かんのか?雨は止んでいるぞ。
水島:……ありがとうございます。

 と、深く礼をする。

山神:うむ。感謝を忘れぬのは、よい心がけだ。
水島:……あの。
山神:どうした? 早く行かぬと、私の気が変わるやもしれぬぞ?
水島:さっきは感情的になっちゃいましたけど……私たち人間は、貴方たちを通して知りたいんです。自分たちの事を。だから、許してはくれませんか。
山神:何をだ?
水島:貴方たちを『知る』ことを。
山神:……考えておいてやろう。さあ、早く行け。
水島:はい……!

 水島、踵を返して小屋を飛び出して行く。
 山神、水島の背中を見送る。

 

◇同、山中

 水島、鈴を提げて雨上がりの山道を歩いている。

水島:西の斜面……この辺りかな……。

 鈴の音。

水島:鈴が鳴った……あっ!

 斜面の下に倒れた教授の姿。泥と落ち葉にまみれている。

水島:先生!大丈夫ですか!
教授:み……水島か。どっか……色々折れてる気がする……っつつ……。
水島:今、救急車呼びますから!

 水島、携帯を取り出し119番。
 なかなか繋がらず、ダイアル音が響く。
 
水島:なんで……あ、圏外……どうしよ……。

 鈴の音。直後、唐突に電話が繋がる。

電話:119番、消防です。火事ですか、救急ですか。
水島:え……繋がった?救急です!場所は荷稲山の――

 

◇同、斜面の上

 水島が電話をしている声が遠くから聞こえる。
 山神、木に背を預けるようにして立っている。

山神:私も、甘くなったものだ……ともするとあの娘に教えられたのかもしれんな。人なくして、我らは神たり得ぬというのに……。

 山神、山の奥へと立ち去る。

 

◇某大学、教室

水島:(M)あの雨の日から、二週間が経った。私は今でも、あの日あった事が現実とは思えないでいる。

 チリン、と鈴が鳴る。

水島:(M)けれど……。

 怪我をした教授、講堂に入ってくる。

教授:いやー、すまんすまん。フィールドワークでちょっと……滑落してな。ま、お前らにとっちゃ運悪く復帰できた訳だから、今週から講義再開するぞ。多田、露骨に嫌そうな顔をするな。
多田:え、俺っすか?

 ゼミ生たちの笑い声。
 水島、窓の外の荷稲山を見る。

水島:(M)けれどあれは、確かに……。
教授:――じゃ、行きたくなくないのは水島だけか
水島:ん?
教授:いやー、毎度悪いな。じゃ、明日の朝三時に穂草駅(ほぐさえき)に……。
水島:えーーっ!?(可能ならエコー)


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